天上の鳥は高らかに歌い 2(完) |
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| 「そいつは、ただの楽器じゃない。魔楽器ってやつでね。 力のある冒険者が奏でれば武器にもなる、魔力のこもった竪琴だ。」 「・・・・ロンファ、私は――」 「かつて。」
こちらに話す隙を与えずに、立て続けに話し続けるロンファ。 ・・・いや、話す隙を与えないと言うよりは、 彼女自身が一息で話してしまいたいだけであるようにも見えたが。 彼女の意図を感じて、大人しく続く言葉を待つことにした。
「この一座から冒険者が旅立った事があるんだよ。やっぱり吟遊詩人でね。 ・・・・でもそいつ、二度と帰って来なかった。 そいつが持って行った竪琴だけが、・・・戦場跡で見つかって。 ・・・・・風の噂で、そいつ・・・、列強との戦争に参加したんだ、って・・・」
勝気な彼女には似合わず、やや震えた声。 まっすぐこちらを向いている目は、心なしか潤んでいるようにも見える。 それでも目を逸らさないのは、 彼女のプライドがそうする事を許さないのだろう。 ・・・こんな、最愛の人すら守れなかった情けない男相手に。 妹分を奪われた姉貴分が、目を逸らすなんて事は。
「戦争なんて、できっこないのにさ・・・優しいやつだったから・・・」
それでもついに感情を抑えきれないのか、 すすり泣く声と涙を拭うような仕草。 きっとその誰かは、彼女にとって大切な人間だったのだろう。 尤も、自分にとっては知る由も無いが。
「・・・まさか、この竪琴・・・・」 「・・・そうだよ。主の代わりに、ここまで帰って来たあいつの相棒だ。」
気を強く持ち直して涙を拭い、まっすぐにこちらを見つめる彼女。
「縁起が悪い、なんて言わせないよ。 あんたには絶対、これを持って行ってもらうから。」
ずい、と半ば押しつけるように彼女は竪琴を差し出す。 しかし、持ち主が帰ってこなかった魔楽器など、 縁起が悪くなくて何だと言うのだ。
「・・・何があっても、絶対死ぬな。生き延びろ。 もうこいつを、一人にしてやるな。」
竪琴を持つ手に力を込めながら彼女は続ける。
「魔楽器だからなのか知らないけど、主を選ぶんだ、こいつ。 気に入らない主に奏でられても、いい声では歌わない。 ・・・・あいつがいなくなってから、誰もこいつをうまく弾けなくて、 「彼女」があんたに弾かせるまで、ずっと楽屋の奥で眠ってたのさ。」
でも、と。 彼女はこちらの目を見ながら訴えた。
「あんたの手でなら、こいつは歌える。 吟遊詩人としてのあんたに相棒にしてもらえるなら、 こいつもきっと本望だから。 ・・・・・連れてってやってくれよ。」
・・・・・あの子が生きてても、
・・・・・きっと笑ってそう言うだろうから。
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「さ・・・て。次はどこへ行こうかねえ。」
宛ても無く気ままに旅する楽師は、 次に己の楽を欲する相手を求めて、今日も旅立つ。
「・・・ね、カーラ。」
その昔お前を愛してくれた人と。 お前を愛してくれた人の帰りを待ち続けた人と。 ・・・私と、お前の両方を愛してくれた人と。
たくさんの人の想いを乗せて、 天上の鳥(カラヴィンカ)は高らかに歌い続ける。
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11月19日(月)10:31 | トラックバック(0) | コメント(0) | 天上の鳥は高らかに歌い(完) | 管理
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天上の鳥は高らかに歌い 1 |
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| 最後の一音の響きが消えるのを待って、 彼はようやく竪琴を奏でていた手を下ろした。
「・・・ありがとう。今日も、良かったよ。カーラ。」
労いの言葉をかけながら彼が撫でているのは、 今しがたカーラと呼びかけた竪琴である。 吟遊詩人である彼、ジェイドの欠かせない相棒となっている魔楽器だ。 「カーラ」は愛称で、正しくはその名を「カラヴィンカ」という。 美しい声で歌う天上の鳥の名の由来通りに、 カーラは奏でられる度に聴衆と、主の心を満たしていた。
・・・ただ、主にだけは。 その心を満たすと同時に、ほんの僅かな戒めをも同時に与えるのだった。
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「それ、あんたにやるよ。」
連れてこられたのは楽師一座の楽屋。 目の前では髪に大輪の椿の華を咲かせた、 色黒のドリアッドの女性が机の上に独特な竪琴を置いて ぶっきらぼうにそう言った。
「ロン、ファ?」 「冒険者・・・吟遊詩人になったんだろ?あの武人から聞いた。」
武人―クアンのことか。 そう頻繁ではなかったが、 彼がこの一座の人間と話す機会が結構あったのは確かだ。 そしてこの女性―ロンファは、「彼女」の姉貴分にあたる女性。 ・・・・・その「彼女」は、先日、自分が―――
「ジェ・イ・ド。質問には答えな、なったのかなってないのか。」
自分を責めかけた所で、目の前のロンファの声で現実に戻る。 姉御肌である彼女のきっぱりとした強い語調は、 今の自分にとっては唯々、つらいものでしかなかった。
「・・・なったよ。」 「冒険者の吟遊詩人がどういう職か知らないわけじゃないだろ? ・・・・だから、これは餞別。」
こちらの声に力が無いのは敢えて無視したのか、彼女は淡々と告げた。
「・・・・・・・」
正直、その竪琴を手に取るのはためらわれた。 「彼女」が生前、楽器などろくに触れた事も無かった自分に 嬉々としてその奏法を教えてくれたのが、この竪琴だ。 ・・・・・「彼女」との思い出が、詰まっているから。 竪琴に収まり切らない想いが、溢れ出ているから。 いくら餞別でも、触れることすらできなかった。
愛しい「彼女」を、想い出さずにはいられない。 自分のせいで喪ってしまった「彼女」を、悔やまずにはいられない。
竪琴に手を出せずにいると、彼女は続いて言葉を紡いだ。
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11月19日(月)01:18 | トラックバック(0) | コメント(0) | 天上の鳥は高らかに歌い(完) | 管理
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