流離の標
 
PBW「無限のファンタジア」「蒼空のフロンティア」「エンドブレイカー!」のPC&背後ブログ
 



一次的回来2

母に言われた通りに宛がわれた講師に学び、
いずれ自分が跡を継ぐこの天財閥について学び、
毎日が学びの日々だった。
追い立てられるように目まぐるしい日々。
それでも、忘れた事は無かった。

母に処分されるのを恐れ、ずっと隠し持っていた
…この黒表紙の本だけは。

「少し席を外してくれ。」
「かしこまりました。」

まるで監視するかのようにずっと隣に立っていた
「側近」を退出させる。
……あれも、母が与えたものだ。
母が、私を自分に都合のいい駒に仕立てるために仕組んだ駒。
全てが、彼女の陰謀だと…わかっている。


……もしかしたら、『先生』も――。


「側近」が完全に視界から消えたのを見計らって、黒表紙の本を出す。
『先生』にこの本を頂いてから…もうすぐ10年になろうかという年月が流れた。

10年前。
あの日、この本を私に託して、…『先生』はいなくなった。
どこに行ったのかもわからない。
翌日から、全く違う講師を紹介されて…
当時、まだ従順だった私は初めて、親に反抗した。
『先生』でなければ嫌だと、駄々をこねた記憶がある。

幼心にもわかっていたはずなのだ。
母が言うのだから、それが正しいのだと。
私が嫌だと思っても、それが正しいのだろう、と。

 …だが、『先生』だけは……。

黒表紙の本の中身は、ほぼ暗唱できるほど何度も読み返している。
最後の1ページを除いて。
この本を渡す時、『先生』は言った。
「最後の1ページまで読み終えたら、もう自分はお前に必要ない」、と。
……それはつまり、最早『先生』と関わる必要がない、という事。
…忘れてしまっても構わない、ということ。

 あなたが今、どこで何をしているのか、
 …生きているのかさえ、わからない。   けれど。

『先生』との関係を断つ事だけは、……どうしても、できなかった。
例え、もう2度と…会えなくても。
情けないと、嘲笑われてもいい。
あるかどうかもわからない幻想に縋ることでしか、
……もはや、私は私でいられる術を、持たないのだから。


「……。」


ふいに、気配を感じる。
「側近」が戻ってきたかと思ったが、そうではないらしい。
母がこの場所に来る事は近頃ではほとんど無い。

「………?」

気配は、自分のすぐ隣り。
そこはいつも、『先生』が座っていた場所―――

「!?!?」

少し目にかかる長めの前髪。
紫がかった臙脂の髪と目。
少し服は変わっているが、10年前とほぼ変わらない姿――!!

「先、生……?」

どうにか絞り出した声は情けないほど震えていた。

「先生、なのですか…!?」

問いかけても、隣りの人物は答えない。
ついに幻覚まで見るようになったか、と目をこするが
それでも『それ』は消えなかった。
よく見ると、うっすらと透けて見える。

「…先、……生……?」

触れようと手を伸ばせば、やはり実体を持たないらしい『それ』は
手で触れる事は出来なかった。
代わりに、『それ』が初めて声を発する。



『……俺、……が、……見え、る……、の、………か………、?』



9月27日(日)19:19 | トラックバック(0) | コメント(0) | 一次的回来(完) | 管理

コメントを書く
題 名
内 容
投稿者
URL
メール
添付画像
オプション
スマイル文字の自動変換
プレビュー

確認コード    
画像と同じ内容を半角英数字で入力してください。
読みにくい場合はページをリロードしてください。
         
コメントはありません。


(1/1ページ)