薔薇の愛の引き換えに 2 |
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| 久しぶりに訪れた故郷の森。 土を踏みしめる音も、木漏れ日の眩しさも、あの頃のまんまだ。
(故郷?故郷…なのかな?)
故郷って、生まれて育った場所、だよね? 育ったのはここ…だと思うけど、生まれもここだったのかな。 お父さんとかお母さんとか、家族とか、わかんないけど。 覚えてるのはリコスだけだもの。 彼女が僕を拾ってくれたところからしか、覚えてない。
そんなことを考えてるうちに、懐かしい場所にたどり着いてた。 深い森の中に現れた、石造りの門。 その奥に広がる大きめのお屋敷。
「元気にしてるかな、リコス。」
今日は、冒険者になってから初めて、彼女に会いに来たんだ。 蔦の絡まった門を潜って、彼女がいそうな場所に足を運ぶ。 大体覚えてるよ、彼女の行動は。 僕がいつも一番傍にいたんだもの。 こんな天気のいい日には…バルコニーでお茶をしていたんだっけ。 テーブルに零れる木漏れ日が綺麗なんだよ。
「…どなたですか?」 広いお屋敷の中を迷わずバルコニーに進んでると、途中で女の人に会った。 トレイの上にいい香りの湯気を立たせた紅茶セットを乗せた彼女は、 桜の花を咲かせたかわいらしい人だった。 ……あれ、前こんな人いたっけ? 「君は?リコスのメイドさんじゃないよね?」 「その呼び方…リコス様の近しいお知り合いの方なのですね。 あの方に何か御用でも?」 「用って言うか、久々に顔見たいなーって思って。だめ?」 桜の花の彼女はちょっとだけ笑うと、 「ご案内しましょう」って言ってくれた。 …うーんと、でもこの人ホントに記憶に無いんだけど、誰……?
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「リコス様、お知り合いの方が参られてますよ。」 「私に来客?」 「ええ、紫の薔薇を咲かせた剣士の方ですが…」
その言葉に、足を組んで景色を眺めていたリコス―正しくはリコリス―は、 目を見開いて向き直った。 「今こちらに来て頂いているのですけど、お会いになります?」 彼女の言葉に、リコリスは恐る恐る問うた。 「…その剣士、私の事を何と呼んでいたの?」 「大変親しげに、『リコス』と。 貴女がこの呼び方を許すのは、限られた方だと伺いましたが。」 彼女が微笑んで答える間にもリコリスは己の手で口を覆い、 驚きと共にこみ上げてくるものを抑えているようだった。 リコリスがその呼び名を、しかも呼び捨てで許しているのは昔も今もただ一人だ。 夫にすら許していないその名を呼ぶのは、紫薔薇の彼ひとり。 「……そこにいるの、ビジー。」
「久しぶりだね、リコス。顔、見たいんだけど…いい?」
記憶と寸分違わぬ声に、リコリスは思わず立ち上がった。 驚きで言葉も出ない彼女に、桜の花の女性はその態度を「諾」と取り 後ろについてきていたビショップをバルコニーへと通した。
「今日はいい天気だから、リコス、ここにいるかなーって思って。 そしたらやっぱり、お茶するところだったんだー。」
やはり変わらない笑顔で微笑む彼に、 リコリスは言葉を返すことができずにいた。
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3月13日(木)12:20 | トラックバック(0) | コメント(0) | 薔薇の愛の引き換えに | 管理
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