花は無く |
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| 「随分、待たせてしまったな。」
郊外の、街とその周りの景色まで一望できる丘。 そこにあるのは小さな、小さな石碑だった。 墓にしてはあまりに目立たず、 ただの目印にしては余りに眺めが良い、 そんな場所に立っている石だ。
「雪が降る前で良かった。」
まるで大切な人の髪を撫でるかのように、 そっと石を撫でる。 長い間風に晒されてきた石はとても冷たく、 自分の手の体温が、触れた所から一気に奪われていくのがわかる。
――前に触れた時は、まだ・・・・・
「すまなかったな。機嫌、直してくれよ。」
苦笑して、もう一度撫でる。 きっとご機嫌斜めなあの人を宥めるように。 あの人の綺麗な髪の感覚を想い出して、愛おしむように。
「この時期だから、花も無くて。今はこれで、勘弁してくれるかい。」
身に纏っていたストールを、石に巻きつける。
「もうじき、飽きるほどたくさんの花が見えるから、ここは。」
あの人に似合いの、真っ白の雪。 優しく、静かに、さらさらと。 街も畑も等しく、白で埋め尽くす。 夜になれば見下ろす街の風景に灯が灯り、違った様相を見せる。 この季節は色とりどりの装飾もなされているから、 きっと素晴らしい夜景になるだろう。 夜が明け朝陽が昇れば、一面の銀世界を陽の光が照らしだす。 それもまた、幻想的な風景に違いない。
そこに佇むこの人はきっと・・・美しいに違いない。 きっと、また一目惚れをしてしまう程に。
「しばらくは退屈しないだろうさ。ちょっと寒いけどな。」
あの人が寒い思いをしないように、少しきつめにストールを巻きつける。
「・・・・どうしても、伝えたくて。他でもないお前に。」
――今でも、愛してるよ。お前の事を、心から。
いつか生まれ変わったら、今度は絶対に離さない。 最期のその時までずっと、一緒にいると・・・誓うよ。
「愛してるからこそ・・・今まで来れなかった・・・」
この墓石を見る事は、自分の惨めな、情けない姿を目の当たりにする事だから。 過去の自分に、押し潰されてしまいそうで。 意識して、避けてきた。お前には悪いとわかっていても。
でも。
「それでも良い、と。言ってくれる子がいたんだ。」
こんな私なのに。こんな、救いようのない男なのに。 ・・・・そんな私を好きだと、言ってくれた。 傍にいてやらないと壊れてしまいそうな不安定な子なのに、 ・・・・逆にいつも、私を救ってくれる。
「甘えてはいけない、と。私は一人なんだと。 愛するのはお前だけなんだと、ずっと言い聞かせて来たよ。」
でも、 ただの保護欲では収まらないこの想いは。 ・・・・・ありがとう、をいくら重ねても足らないこの感謝は、 どうすれば。
「お前を、『過去の人』にはしたくない。・・・・・・・でも、ね。」
お前なら、何て言うかな、って。 ずっと、ずっと考えて。
考えて。
「・・・・私は心のままに生きるよ。 だから、お前も。 ――どうか自由であってくれ。」
この世で最初に愛した 美しい人――。
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12月22日(土)21:48 | トラックバック(0) | コメント(0) | 1話完結 | 管理
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