歌声は蒼穹に 嘆きの声は海原に 二 |
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| その後、ジェイドが出会った一座はしばらく同じ街に滞在していたらしく、 街中で出会う機会も多かった。 また、決まった時間と言うわけでは無かったが 酒場へ行けば一座の舞台も披露されることが多々あった。
その度に、ジェイドはあのセイレーンの踊り子- シエファに心奪われていった。
一座による何度目かの酒場での舞台。 クアンの話を聞いていたはずのジェイドの返事が 彼女が出てきた辺りから生返事になり、やがて反応しなくなったのを見て、 すっかり浮かれてしまった親友にクアンは呆れ近くの常連客に尋ねた。 「・・・・・彼女の歌は魅了の歌なのか?」 「いんや、普通の歌なんだがなー・・・・ 彼女の歌は魅了の歌でなくても誰もが虜になる、が、 あれは厳しいなー!」 冷やかされるように言われても、当の本人は彼女に夢中で 周りがまるで見えていないようだった。 「・・・・・恋は盲目、とはよく言ったものだ・・・」 もはや怒る気力すら失せて、クアンはため息をひとつついた。
「・・・・!!!!ク、クアン!!クアン!!!!」 「どうした!?」 ずっと呆けたままだったジェイドがいきなり声を荒げてクアンの腕を掴んだ。 あまりの様子の変化にクアンも初めは真面目に心配したが、 それはすぐに杞憂に終わった。 「い、今目が合った!!!!彼女がこっち見た!!!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」 「本当だって!!!一瞬こっち・・・いや、私を見た!! わ、笑って、こっち見て・・・・・!」 「誇大妄想と惚気は大概にしておけ・・・・」 未だ興奮冷めやらぬジェイドに対してクアンは もはや付き合っていられない様子であった。
しかし、事情が変わったのはそれから間もなくのことである。
いつものようにステージで踊っていた彼女-シエファは、 薄いショールをはためかせながらくるくると回る踊りを始めたかと思うと、 回りながらゆっくりと客席へ近付いてきたのである。 歓声をあげて彼女へ触れようとする観客たちの手の間を、
ひらり、ひらりと。
まるで蝶が舞うかのように美しく通り抜け、
あろうことか、ジェイドのすぐ手前までやってきた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ゆったりと、しかし突然やってきた衝撃の事態に 当の本人は何一つ成す術も無く。
碧い蝶はそこでまた一回りすると、 極上の笑みをジェイドに向けて艶やかに去っていったのだった。
「・・・・・・・」
その後、シエファ達が酒場を去っても しばらくジェイドは同じ一点を見つめたまま固まっていた。
「・・・・・・よほど致命傷だったようだな・・・」 惚れた相手の笑みと言うものは、 場合によってはどんな武器よりも威力を持つのだと クアンは親友のなれの果ての姿を見て思い知った。
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10月2日(火)01:09 | トラックバック(0) | コメント(0) | 歌声は蒼穹に 嘆きの声は海原に | 管理
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