Lumen Maris 蒼海に一閃の陽光 |
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| 通い慣れた酒場の通りを抜け、市場に出る。 間近に迫ったというワイルドファイアへの移住の準備の為か、 彼の故郷である南方セイレーンのこの街も随分賑わっていた。 女王様の話では、移住するのは人だけで、建物はこのまま同盟に引き渡されるのだと言う。
「…少し、寂しい気もするけどね。」
故郷に戻ってくるのは久し振りだった。 しかし、元々不老種族である彼らセイレーンの時の流れは遅く、 記憶に残る建物には、ほとんどの場合記憶のままの人物の顔がある。 甘い果実を売る看板娘も、変わらない美貌と美しい声で客を呼んでいた。 「兄さん、おひとつどう?」 「私より、その実はあんたに食べて貰った方が役得だと思うよ、お嬢ちゃん。」 「あらお上手なのね。」 くすくす、と笑みを交わして店を過ぎる。
目指すは――この街から少し離れた、白亜の屋敷。
眩しく煌めく太陽の光を跳ね返すのは、 屋敷を囲むように流れる川。 この大きな白亜の屋敷は、川の中に建っているという表現が正しいだろう。 陸地から、屋敷の門へ続く飛び石を渡って、門から更に飛び石を渡って庭へ着く。 とにかく、見渡す限りの水である。
「……できれば二度と戻ってくるつもりは無かったけどねえ……」
とん、とんと軽い足取りで飛び石を行けば、突然の来訪者に門番が反応する。
「何の用だ、今日は御客人の御用は聞いていないぞ。」 「おっと失礼。怪しい者じゃないよ。 ジェイド・エストナって名前の吟遊詩人さ。」 さらりと名乗っても、門番は表情を険しくするばかり。 「吟遊…っ、冒険者であろうとその様な御用は聞いていない!帰れ!」
(……ったく、あのくそ親父。)
門番の融通の利かなさに嫌気が差して、こんな事もあろうかと持参してきた物を出す。
Lumen Maris――「海の光」の名を持つ蒼い刀身の剣は、 この家の者のみが所持する事を許される物である。
「!? その剣は!?」 「四の五の言わずにとっとと通しな! 放蕩の勘当息子が帰ってきたって伝えれば、あの頑固親父だって嫌でもわかるだろうよ!」 「……っ、は、早くお伝えしろ!」
主人の元に走り去っていく門番を目で追ってから、彼は堂々と荘厳な門を入って行く。
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7月29日(火)21:59 | トラックバック(0) | コメント(0) | Lumen Maris | 管理
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